●今回は中高生向け●
再び「コナン」の英語
学而会 英語のおまけ箱 26箱目
以前、劇場版「名探偵コナン」に出てきた英語を話題にしましたが、「コナン」関連の英語をもうひとつ取り上げます。
原作の、かなり初期のエピソードで「奇術愛好家殺人事件」というのがあります。
雪に見舞われた奥多摩の山荘で、あるSNSサイトのオフ会がおこなわれます。
そのサイトは、ある偉大な奇術師のファンたちが集うサイトです。
ひょんなことから、コナンも、そのオフ会に参加することになります。
山荘には10人近い若い男女が集まってきます。
参加者たちは、普段はサイトの掲示板でやり取りをしているだけですから、全員お互いに初対面です。
また、サイトでのやり取りは皆、ハンドルネームを用いていますので、お互いの本名も、初めて、その場で知ります。
“ハンドルネーム”とは(略してHN)、ネットの掲示板やオンラインゲーム上でおしゃべりをする際に使う名前のことです。
作家で言うところの “ペンネーム” みたいなものですね。
ネット上で本名を使うと、身元が突き止められて個人情報が漏れる危険性がありますから。
やがて、参加者たちのうち、一人、二人と、殺されていきます。
残りの参加者たちは戦慄します。
この隔絶された状況の中ですから、犯人は自分たちの中にいるに違いないわけです。
はたして、それは誰なのか。そして犯行の動機は何なのか…といったお話です。
メンバーたちの中で、おそらく読者が最も疑う人物は、医大生だという小太りの青年でしょう。
たしかに、怪しい雰囲気を漂わせているし、謎めいた行動もします。
しかし、わたしは、かれが登場した瞬間から、こいつだけは絶対に犯人ではないと確信していました。
なぜなら、かれのハンドルネームが「レッドヘリング」だったからです。
「レッドヘリング」とは、もちろん、英語由来の語です。
red herring とは、主にミステリー小説の分野で使われる用語です。
直訳すれば「赤いニシン」です。
簡単に言うと、読者の注意力を、間違った方向や人に向ける行為のことなんです。
こういった行為は misdirection〔ミスディレクション〕とも言います。
いかにも怪しそうな人物を登場させて、読者に、こいつが犯人かもと思わせておく。
そして実は、別の意外な人物が犯人だった!…といった具合。
作者が仕掛けた red herring や misdirection が見事であればあるほど、読者は「だまされた快感」に酔いしれ、その作品に満足感を得るのです。
red herring という語は、奇術、手品の世界でも使われます。
わたしがこの語を初めて知ったのは、奇術の書物からでした。
奇術の場合だと、ある動作をして、観客の視線、注意をそちらのほうに引き付けておいて、その間に、陰でタネや仕掛けをほどこすテクニックのことです。
red herring が、なぜ misdirection の意で使われるようになったのかは、次の説が最も流布しています。
昔、英国では猟犬の訓練に、ニシンの燻製を使ったとのこと。
ニシンの燻製は、赤い色です。
そして、強烈な臭気を発します。
猟犬に獲物を追わせる訓練の際に、猟師は道のあちこちにニシンの燻製を隠しておきます。
燻製の臭いにまどわされることなく、誤った方向に導かれないで、獲物にたどりつけるようになった犬が猟犬として認められるわけです。
というわけで、実際、小太り医大生は、犯人ではありませんでした。
まさに、かれは red herring だったわけです。
このエピソードは、もちろんテレビアニメ版にも入っていますが、わたしの記憶の限りでは、原作でもアニメでも、red herring という言葉への解説めいたものは一切なかったと思います。
ついでに言うと、実は小太り青年の正体は、怪盗キッドでした。
このオフ会で忌まわしい出来事が起こるのではないかと、ある事情から予想・推測したキッドが、悲劇を防ぐために変装してのりこんでいたのでした(結局、防ぎきれなかったわけですが)。
●語り手/英語科・鈴田●