●今回は高校生向け●
9マイル歩くなんて
学而会 英語のおまけ箱 23箱目
次の英文を見てください。
A nine mile walk is no joke, especially in the rain.
㊟ この walk は名詞で「徒歩」「歩き」の意。
a nine mile walk で「9マイルの徒歩」
1マイル = 1,609 メートル
be no joke …「笑いごとではない」「大変である」
よって、上記文は「9マイル歩くなんて冗談じゃない、特に雨の中だと」という具合になります。
さて、この11語から成る英文から、できる限り多くの inference (推論) を構築せよと言われたら、あなたはどうですか?
実はこれ、アメリカのスゴく風変わりなミステリー小説の中のお話です。
70年以上も前の作品で、The Nine Mile Walk という題の短編小説です。
作者は Harry Kemelman(ハリー・ケメルマン)という人。
この小説は、地方検事である “わたし” と、友人のニッキー・ウェルトという大学教授との対話だけで全編が構成されています。
ある日、ニッキー教授が “わたし” に言います。
「10語か12語ぐらいから成る文を一つ作ってごらん。その文から、わたしは、きみが予想もしなかった論理的な推論の連鎖を披露できるよ」
そこで、“わたし” の口から、ふと出たのが、先の文なのです。
まず、教授は、ふつう、文章というのは状況という枠組みから切り離せないものなので、問題の文に関して二つの assumption (仮定) を認めるよう要求します。
一つは、この文は実際に歩いた者が話したものであり、歩きの目的も賭けに勝つためといったお遊び的なものではない、ということ。
もう一つは、歩きがおこなわれたのは、だいたいこの近辺である、ということ。
“わたし” は承知します。
さて、ニッキー教授の、怒濤の推論ショーが始まります。
① この話し手は不機嫌である。
*そういったことが伝わってくる文である。
② 話し手は、雨が降るのは予想していなかった。
*もし、雨が降るのがわかっていたら、「特に雨の中だと」といった、付け足しの言い方はしない。
最初から「雨の中を9マイル歩くなんて冗談じゃない」( A nine mile walk in the rain is no joke.) という言い方をするはずである。
③ 話し手は、スポーツマンタイプではない。
*9マイルは、それほどヒドく長い距離とは言えない。それを歩くのが大変だということは、運動が得意なタイプではない。
④ 歩いたのは、深夜から早朝5時か6時までの間である。
*このあたりから9マイル範囲は町や村だらけである。それぞれの町や村には鉄道が通っており、バスの便もある。
また、どの道路の交通量も多い。
よって、歩いたのは、汽車やバスの便がなくなった時間帯ということになる。
また、夜中だと、わずかな自動車が道路を走っていたとしても、見ず知らずの人間を乗せてあげたりする人はいない。
話し手は、歩くしかない。
⑤ 9マイルというのは、正確な数字である。
*「10マイル歩いた」という言い方なら、本当に10マイルの場合もあれば、8マイルや12マイルだった場合もある。
10というのは、おおよその数字だからだ。
「9マイル」という言い方をする場合、それは正確な数字である。
以下、ニッキー教授の推論は、上記* のような根拠をそれぞれ挙げながら、
⑥ 話し手は、町からある地点へ移動して行ったのではなくて、ある地点から町まで移動して来た。
⑦ 話し手には、明確な目的があって、ある時間までにそこへ到着しなければならなかった。
⑧ 約束の時間は、午前4時30分から午前5時30分の間である。
⑨ 話し手は出発の前に、何かの合図か電話連絡を受ける必要があった。それは午前1時より少し前である。
といったことまで進んでいきます。
また、なぜ 、このような文が “わたし” の口から、ふと出たのかを、ニッキー教授の誘導で “わたし” は悟ります。
実はちょっと前、“わたし” がニッキー教授と朝食を終えて店を出たとき、ちょうど店に入ろうとしてきた二人連れの男の一人が口にしていたのを、 “わたし” は無意識に聞いていたのでした。
そして、この1文からの推論をさらに積み重ねていくと最終的に、ニッキー教授と “わたし” は、昨夜、近くの町で起きた列車内殺人事件の犯人は、この男たちではないか という結論に至ってしまうんです。
“わたし” はその場で警察に電話を入れ、二人の逮捕を指示。
数分後、男たちは逮捕されたという警察の連絡が入り、事件解決となります。
このストーリー展開に「えぇぇ!」と素直に感心する人もいれば、「んなわけないだろっ!」と笑っちゃう人もいるでしょう(わたしは前者のほうでしたが)。
ちなみに、この小説の日本語訳版は、題名は「九マイルは遠すぎる」となっています(早川書房・刊)。
そして、問題の文は「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、ましてや雨の中を歩くのはなおさらだ」と訳されています(訳者名・永井淳)。
●語り手/英語科・鈴田●